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【アラベスク】  第1章 春の嵐



第2節 白い罠 [7]




 美鶴はしばらく無言で山脇を見つめていたが、やがて呆れたようにそっぽを向いた。
「バカバカしい」
「でも可能性がないワケではないだろう?」
「あそこの戸の鍵は私が開けたのよ。それ以前に誰かが入り込むなんて……」
「こっそりと鍵を開けたのかも」
「つまらない二時間サスペンスみたいなこと言わないで」
「あのさ、その男って、やっぱ自殺した女の子とも関係あんのかな?」
 二人の顔を見ながら聡が口を開く。その瞳を、山脇が見返した。
「…… もしも関係があるとしたら、今日拾ったキーホルダーの覚せい剤も、大迫さんのスカートについてたのも、みんな関係があるってことかもしれない」
 美鶴が首をすくめる。
「私がその子にクスリ渡してたってこと?」
「そうは思ってない」
「どうだか」
 疑い深そうに睨んでくる美鶴の視線を、山脇は正面から受け止めた。
「それはないと思うよ」
「どうして?」
「もしそうなら、少なくともキーホルダーの中身を僕達には見せないはずだろ? これは君自身があの駅舎の中で言った言葉だけどね。僕も君の意見には賛成だ。だから、君が覚せい剤に直接関わっているとは思ってない」
 美鶴はふんっと鼻を鳴らした。
「それよりも…… 大迫さんを襲った男が、自殺した子にクスリを流してたのかもしれない」
「……」
「そして、今度は君に流そうとしてるのかもしれない」
 ……
 テレビでは、若い男女がラーメン店めぐりをしている。深夜の腹には(こた)える映像だ。ハンバーガーとポテトとドリンクだけでは、育ち盛りの少年の腹は満足しない。聡は、菓子を頬張る手を止めない。
 画面の向こうの男女は新人タレントだろうか? どちらの顔も見たことがない。
「君にその気があるかどうかなんて、ヤツらには関係ない。連れ去って無理矢理クスリを吸わせることだってできる。君がどれほど意思の強い人間かは知らないけど、繰り返せばやがて自分から吸いたくなるよ」
「何のメリットがあるの?」
「中毒者にクスリを売りつける売人なのかも。自殺した子は相当の金持ちだったんだろ?」
「そうだけど…… でも、だとしたらとんだお門違いじゃない? だって、相手の目的はお金でしょう? だったら私みたいな貧乏人に目をつけるはずないじゃない」
 確かに、金を取るならもっと金持ちを狙うべきだろう。自殺した生徒がそういった密売人のカモにされたとして、その代わりを美鶴に求めるというのには、無理がある。
「申し訳ないけど、私には覚せい剤が買えるほどのお金はないわ」
 開きなおるような美鶴の言葉に、山脇は考え込んでしまった。だが
「君も、密売人になるんだ」
「え?」
 突然の言葉に、美鶴も聡も呆気にとられた。だが、山脇は真剣だ。
「売人っていうのは、最初から金目的なヤツと、もともとは個人的にクスリを楽しんでたのが、クスリ代欲しさに売人業にまでのめりこむヤツがいる。君を売人にして、学校内に広めるのが目的かもしれない」
「それにしたって、何で私が?」
「理由はいろいろある。一つは君が金銭的にあまり恵まれてはいないという点。もう一つは、君が他の生徒とあまり親しくないという点」
「美鶴を金で釣ろうってワケ?」
 聡の言葉に山脇は頷く。
「金の話を出せば乗ってくると思っているのかもしれない。それが無理ならクスリを使って無理矢理引きずり込む」
「私と他の生徒との関係は?」
「それは……」
 そこで山脇は言いよどんだ。視線をそらし、軽く下唇を噛む。
「君なら、何の躊躇(ためら)いもなく他の生徒にクスリを流してくれると思っているのかも」
 聡がキョトンと首を傾げる。その姿に、山脇は笑った。なぜだか寂しそうだ。
「たとえ金のためとは言え、親しい友人に覚せい剤なんてものを勧めるのは、簡単なコトじゃない。相手に対して罪の意識を感じる者もいるだろう。だけど、君は他の生徒に対して極端に情が薄い。だから簡単にクスリを広めてくれると思っているのかもしれない」
 山脇は慌てて付け加えた。
「もちろん、僕は君がそんな人間だとは思ってない。でも・・・ 今の君は、傍目にはそう見えるのかもしれない」
「ありがと」
 全く心のこもっていない礼を返して、美鶴は薄く笑った。
「そうね。あの学校って、男も女も世間知らずだから、その気になれば簡単に儲けられるかも」
「美鶴」
 小さな目を見開いた聡を平然と見返す。







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