美鶴はしばらく無言で山脇を見つめていたが、やがて呆れたようにそっぽを向いた。
「バカバカしい」
「でも可能性がないワケではないだろう?」
「あそこの戸の鍵は私が開けたのよ。それ以前に誰かが入り込むなんて……」
「こっそりと鍵を開けたのかも」
「つまらない二時間サスペンスみたいなこと言わないで」
「あのさ、その男って、やっぱ自殺した女の子とも関係あんのかな?」
二人の顔を見ながら聡が口を開く。その瞳を、山脇が見返した。
「…… もしも関係があるとしたら、今日拾ったキーホルダーの覚せい剤も、大迫さんのスカートについてたのも、みんな関係があるってことかもしれない」
美鶴が首をすくめる。
「私がその子にクスリ渡してたってこと?」
「そうは思ってない」
「どうだか」
疑い深そうに睨んでくる美鶴の視線を、山脇は正面から受け止めた。
「それはないと思うよ」
「どうして?」
「もしそうなら、少なくともキーホルダーの中身を僕達には見せないはずだろ? これは君自身があの駅舎の中で言った言葉だけどね。僕も君の意見には賛成だ。だから、君が覚せい剤に直接関わっているとは思ってない」
美鶴はふんっと鼻を鳴らした。
「それよりも…… 大迫さんを襲った男が、自殺した子にクスリを流してたのかもしれない」
「……」
「そして、今度は君に流そうとしてるのかもしれない」
……
テレビでは、若い男女がラーメン店めぐりをしている。深夜の腹には堪える映像だ。ハンバーガーとポテトとドリンクだけでは、育ち盛りの少年の腹は満足しない。聡は、菓子を頬張る手を止めない。
画面の向こうの男女は新人タレントだろうか? どちらの顔も見たことがない。
「君にその気があるかどうかなんて、ヤツらには関係ない。連れ去って無理矢理クスリを吸わせることだってできる。君がどれほど意思の強い人間かは知らないけど、繰り返せばやがて自分から吸いたくなるよ」
「何のメリットがあるの?」
「中毒者にクスリを売りつける売人なのかも。自殺した子は相当の金持ちだったんだろ?」
「そうだけど…… でも、だとしたらとんだお門違いじゃない? だって、相手の目的はお金でしょう? だったら私みたいな貧乏人に目をつけるはずないじゃない」
確かに、金を取るならもっと金持ちを狙うべきだろう。自殺した生徒がそういった密売人のカモにされたとして、その代わりを美鶴に求めるというのには、無理がある。
「申し訳ないけど、私には覚せい剤が買えるほどのお金はないわ」
開きなおるような美鶴の言葉に、山脇は考え込んでしまった。だが
「君も、密売人になるんだ」
「え?」
突然の言葉に、美鶴も聡も呆気にとられた。だが、山脇は真剣だ。
「売人っていうのは、最初から金目的なヤツと、もともとは個人的にクスリを楽しんでたのが、クスリ代欲しさに売人業にまでのめりこむヤツがいる。君を売人にして、学校内に広めるのが目的かもしれない」
「それにしたって、何で私が?」
「理由はいろいろある。一つは君が金銭的にあまり恵まれてはいないという点。もう一つは、君が他の生徒とあまり親しくないという点」
「美鶴を金で釣ろうってワケ?」
聡の言葉に山脇は頷く。
「金の話を出せば乗ってくると思っているのかもしれない。それが無理ならクスリを使って無理矢理引きずり込む」
「私と他の生徒との関係は?」
「それは……」
そこで山脇は言いよどんだ。視線をそらし、軽く下唇を噛む。
「君なら、何の躊躇いもなく他の生徒にクスリを流してくれると思っているのかも」
聡がキョトンと首を傾げる。その姿に、山脇は笑った。なぜだか寂しそうだ。
「たとえ金のためとは言え、親しい友人に覚せい剤なんてものを勧めるのは、簡単なコトじゃない。相手に対して罪の意識を感じる者もいるだろう。だけど、君は他の生徒に対して極端に情が薄い。だから簡単にクスリを広めてくれると思っているのかもしれない」
山脇は慌てて付け加えた。
「もちろん、僕は君がそんな人間だとは思ってない。でも・・・ 今の君は、傍目にはそう見えるのかもしれない」
「ありがと」
全く心のこもっていない礼を返して、美鶴は薄く笑った。
「そうね。あの学校って、男も女も世間知らずだから、その気になれば簡単に儲けられるかも」
「美鶴」
小さな目を見開いた聡を平然と見返す。
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